はじめに

奨学金を抱えた若者と面談をしていると、ある言葉が何度も出てきます。

「飲食の仕事は好きだけど、収入が不安で。営業職に転職したいんです」

未経験歓迎の営業職やIT系求人を見れば、「飲食業界から歓迎」「介護・飲食経験者多数活躍中」という文言がいたるところに並んでいます。つまり、飲食・宿泊業界は今や、他業界の「採用ターゲット」として名指しされているのです。

その結果として起きているのが、慢性的な人手不足と外国人スタッフへの依存の拡大です。現場が回らなくなり、さらに既存スタッフへの負荷が増し、また辞める──という悪循環に陥っています。

では、この流れを変えるために何ができるのでしょうか。多くの経営者・人事担当者は、次のように考えています。

「奨学金支援? うちには大卒が少ないから関係ない」

「制度を作るコストと手間が読めない」

「高卒スタッフが不公平に感じるんじゃないか」

「効果があるのかどうか、正直わからない」

その気持ちは理解できます。でも、正直に問い返させてください。

「わからないから」「コストがかかるから」「不公平に見えるから」──そのまま何もしないのは、穴の空いたバケツを持ったまま水を注ぎ続けることと同じではないでしょうか。

採用に費用をかけ、育てた人材がまた去っていく。その繰り返しのコストと比べたとき、定着支援への投資は本当に「高すぎる」でしょうか。

この記事では、飲食・宿泊業界ならではの事情を踏まえた上で、奨学金返還支援という選択肢を具体的に解説します。

なぜ飲食・宿泊業界では「奨学金支援は関係ない」と思われるのか

この業界特有の採用構造が、その誤解を生んでいます。

飲食・宿泊の現場では、高卒・専門学校卒の入職者が多く、「大学4年間の学費のために借りた奨学金を抱えた新卒」というイメージとはズレがあります。だからこそ、「うちには関係ない」と考えられやすいのです。

加えて、人事担当者からは次のような声も聞かれます。

  • 「大卒だけに使える制度を入れたら、高卒・専門卒のスタッフが不公平だと感じないか」
  • 「うちは高卒採用が多いから、奨学金支援の恩恵を受けられる人が少ないのでは」
  • 「どうせ導入しても、対象者がほとんどいない制度になりそう」

この懸念は、現場感覚として十分理解できます。

しかし、前提となっている「奨学金=大卒のもの」という認識が、実は現実と大きくずれています。

専門学校生の2人に1人以上が、奨学金を借りている

日本学生支援機構(JASSO)のデータを見ると、奨学金の利用は大学生に限りません。

学校種別奨学金利用率(目安)平均借入総額(目安)
大学(昼間部)約55%(2人に1人)約310万円
短期大学約45%約180万円
専門学校約40〜45%約150〜200万円
高等専門学校約30%台約150万円前後

専門学校生も2人に1人近くが奨学金を借りており、卒業時には150〜200万円規模の返済残高を抱えて現場に立っています。

調理師専門学校、ホテル・観光系専門学校、製菓専門学校──飲食・宿泊業界の人材を直接供給している学校の卒業生たちが、毎月1〜2万円の返済を抱えながら働いているのです。

つまり、奨学金返還支援は「大卒向けの制度」ではなく、「飲食・宿泊業界の現場スタッフにこそ刺さる制度」と捉え直す必要があります。

「不公平感」の問題は、設計で解決できる

とはいえ、「高卒スタッフが不公平に感じる」という懸念は正当です。だからこそ、丁寧に向き合う必要があります。

ポイントは、「奨学金の有無で制度の対象が変わる」という設計を避けることです。

① 「奨学金を返還している正社員全員」を対象にする

大卒・専門卒・短大卒を問わず、JASSOの貸与奨学金を返還中の正社員であれば全員を対象にします。こうすることで、「学歴による差別」ではなく、「奨学金という共通の課題を持つ人への支援」という位置づけになります。

② 高卒スタッフへは別の福利厚生で対応する

高卒採用が多い場合、奨学金支援と並行して、資格取得支援・住宅手当・スキルアップ補助など、高卒スタッフにも恩恵が届く施策をセットで設計します。「うちは手厚い」という印象を全員に伝えることが大切です。

③ 制度を「特別扱い」ではなく「定着支援」として打ち出す

「奨学金がある人だけ得をする」ではなく、「長く働いてくれるスタッフの生活を支える会社」という文脈で社内に打ち出すことで、不公平感ではなく、「この会社はちゃんと考えてくれている」という信頼感へ変わっていきます。

今の飲食・宿泊業界で制度を入れることの意味

奨学金返還支援(代理返還)制度の導入企業は全国で3,464社(2025年4月末)。制度開始から4年で10倍以上に増えています。

しかし、その多くはIT・製造・医療・介護などの業界であり、飲食・宿泊業界ではまだ普及率が低いのが実情です。言い換えれば、「今動けば、業界内での差別化が明確にできる」タイミングでもあります。

視点制度なし(現状維持)制度あり(今すぐ導入)
採用での訴求力同業他社と横並び「奨学金支援あり」で検索・比較で目立つ
専門学校卒への訴求経済的不安を解消できない卒業後すぐの返済負担を軽減できる
定着率への影響経済的理由の離職リスクが高い「ここで頑張る理由」が一つ増える
採用コスト離職→採用の繰り返しでコスト増定着改善で採用費を中長期で圧縮

求人票に「奨学金返還支援あり」と一行加えるだけで、専門学校卒の求職者の目に留まりやすくなります。奨学金を抱えて就職活動をしている人にとって、これは給与額と同じくらい気になる情報です。

現場の声

奨学金バンクを通じて制度を導入した飲食・宿泊企業では、こんな変化が生まれています。

  • 「専門学校卒のスタッフが多い職場でも、ちゃんと対象者がいた。入れてみてよかった」
  • 「求人票に書いたら、調理師専門学校の卒業生から問い合わせが来るようになった」
  • 「入社後すぐに辞める人が減った。返済支援があることで、少し先を見て働いてくれるようになった」
  • 「既存スタッフにも広げたら、職場全体の雰囲気が変わった。会社が自分たちのことを考えてくれていると感じてもらえた」

飲食・宿泊業界特有の設計ポイント

パート・アルバイトは対象外

JASSOの代理返還制度は正社員が対象です。パート・アルバイトが多い職場では、正社員登用とセットで設計することで、「正社員になるインセンティブ」としても機能します。

繁閑差のある業態は在籍条件を明確に

旅館・ホテルなど季節繁閑が大きい業態では、「1年以上在籍した正社員」など条件を明文化しておくことで、短期離職への対応もしやすくなります。

多店舗展開なら本社で一括管理

飲食チェーン・ホテルグループでは、本社人事が一括して申請・管理する体制が効率的です。店舗単位での運用負荷を避け、制度を形骸化させないためにも、管理の仕組みを最初に整えることが重要です。

飲食・宿泊業界と建設業界の人材定着を「業界専門家」と一緒に考えませんか

奨学金バンクでは、飲食・宿泊・建設をはじめとするさまざまな業界の企業に対して、奨学金返還支援の運用代行を行っています。

なかでも私(粕谷)が特に専門としてお話しさせていただいているのが、飲食・宿泊業界と建設業界です。どちらも「専門学校・高卒採用が多い」「離職率が高い」「現場の人手不足が深刻」という共通の課題を抱えており、奨学金返還支援が定着対策として効果を発揮しやすい業界でもあります。

「専門学校卒が多いうちでも効果があるのか」「高卒スタッフへの配慮をどう設計すればいいか」「建設現場での運用はどうすればいい?」──こうした業界特有の疑問に、現場感覚を持って答えられる専門家がいます。

「まず話だけ聞いてみたい」という段階でのご相談も歓迎です。同業他社の事例も交えながら、貴社の状況に合ったアドバイスをいたします。

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