リカレント教育とは、1970 年代に北欧で提唱された概念で「個人が人生の各段階で学び直すこと」を指し、アカデミックな教育や、仕事を通しての経験・学びを繰り返すことで人生やビジネスのキャリア構築を目指す教育モデルです。従来の日本型の「学校教育→就職(OJT)→ 定年」という直線的なキャリアパスの代替案として注目されました。

「リカレント教育」世の中の解釈と実態
社会変化や技術革新が加速する今、企業に就職して初期段階に得た学びや従来の業務からの学びでは時代の変化に順応できません。したがって、労働者が新たな領域の知識やスキルを身につける重要性が増し、リカレント教育が再び脚光を浴びています。しかし、企業や個人がリカレント教育を誤った解釈で捉えているケースが少なくはなく、例えば、
・リカレント教育=企業研修
・リカレント教育=リスキリング(再スキル習得)
という認識が広まっており、これでは、リカレント教育の本質を狭めてしまい、長期的なキャリア形成や人生全体での学び直しの機会を見逃す可能性があります。リカレント教育の目的は、企業の業績向上だけではなく、働き手の個々のキャリアと人生の質を向上させることにあります。これは、スキルアップや再学習にとどまらず、個人が社会における自分の役割や価値を再確認し、長期的な自己成長を促進するものです。
企業研修とリカレント教育の差異
多くの企業で、既に研修プログラムを通じて従業員のスキルアップに取り組んでいると思いますが、これらの研修とリカレント教育には大きな違いがあります。企業研修は、業務に直結したスキル向上を目的としており、例えば、ITツールの使い方、プロジェクト管理手法、顧客対応スキルなどが企業研修の典型例です。また、近年、注目のマネジメント研修(ビシネス戦略からピープルマネジメントまで広範に)なども、最終的には企業の利益につながり成果が期待されるものです。
一方、リカレント教育では、個人のキャリア全体や人生を視野に入れた学び直しを目指しており、短期的な業務パフォーマンスの向上だけでなく、長期的な視点での自己成長や新たなキャリアへの転換が重要視されます。それには、労働市場の変化に対応するための幅広い知識やスキルの習得、また個人の興味関心や価値観に基づいた新たな学びが求められます。つまり、企業研修が企業のための教育として位置付けられるのに対し、リカレント教育は「個人のための教育」「個人の豊かな人生のための教育」としての側面が強く、長期的な従業員の成長支援の結果、豊かな人生となり、その一環として労働といった形で社会還元の質を上げていくことが、社会や産業、企業の発展にも還流してくるという考え方になります。
このように、企業における直接的効果や直結性が低いこともあり日本においてはリカレント教育がなかなか推進されていません。特に、企業に就職してしまうと「学びの場は企業内で…」といった認識にさいなまれ、企業外で学習する意欲が高まり難い傾向があります。図1に示したとおり、諸外国と比較して日本のリカレント教育はまだまだ黎明期に近い状況にあります。
図1 リカレント教育の現状
出典:“リカレント教育の現状”. 内閣府.2022-11-13.https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/chuukan_devided/saishu-sankou_part4.pdf(参照2024-10-22)
リカレント教育の推進と企業メリット
図1からもわかるように、リカレント教育は企業利益との直結性が低いので、取り組み意欲がなかなか向上しないのが現状です。しかし、リカレント教育の導入と推進では多くのメリットがもたらされます。以下で、4つのポイントを解説します。
人材の多様化と応用力の向上
従業員は新たな知識やスキルを習得し、企業の中で同質性の高い経験や学習からは得られないような多様な視点を持つことができます。これは、急速に変化するビジネス環境において企業が柔軟に対応するために非常に重要です。例えば、デジタル技術やAIの進歩で、多くの職種が急速に変化しています。リカレント教育を受けた従業員は、新たな技術や業務に迅速に適応し組織全体の競争力が高まります(ただし、このような側面が強調され、リカレント教育が、デジタル技術やDX関連知識の習得であるという、やや偏った理解も存在します)。
また、従業員が多様な知見や考えを持つことで、チーム内の創造性が向上して新しいアイデアやソリューションが生まれる可能性が高まり、リカレント教育を推進する企業は、革新を生み出し続ける組織文化を醸成できます。
従業員のエンゲージメントとモチベーションの向上
従業員が「企業から長期的なキャリア支援を受けている」「その機会を適切に提供されている」と感じると、企業へのロイヤリティーや満足度、つまりエンプロイーエンゲージメント(従業員が自社に対して抱く共感や思い入れ)が、向上することになります。また、リカレント教育を通じて自身の成長を実感できることが、仕事に対するモチベーションを高める要因となります。それが、結果的にワークエンゲージメントを高めることになり、専門性の追及へとつながって、雇用される力(エンプロイアビリティ)を高める効果を生みます。
さらに、従業員が新たな知識やスキルを習得し、それを業務に生かせることで、自己効力感が増して仕事に対する主体性が高まります。このようなポジティブな循環は、企業の生産性向上と、組織の活性状態を保つことにもつながります。
採用・定着率の向上
現代の労働市場では、優秀な人材を確保し、長期間にわたり定着させることが企業にとって大きな課題となっています。リカレント教育を通じて、企業は従業員に対して学びの機会を提供することで、個々のキャリア発展へ支援する姿勢を示すことができます。これにより、優秀な人材がその企業に魅力を感じ、採用や定着率の向上へとつながります。特に、若い世代の労働者は、企業に対して柔軟な働き方やキャリア支援を求める傾向が強く、リカレント教育の提供は彼らにとって大きな魅力となります。若手の転職希望者や就活生の「御社に入ったら何を得られますか?」といった問いに対し、適切な答えを示すことにもなります。
また、リカレント教育によるキャリア支援を受けた従業員(自己のスキルアップ、レベルアップにつながっている実感値を得ている状態にある)は、早急に他の企業への転職を考えるよりも、現在の企業においてキャリア成長に資する経験値を蓄積する方が「将来的な人材価値を高めることにつながる」という価値を見出しやすくなり、結果として離職率の低下にも寄与します。仮に、そういった人材が外部へ転出していくことになったとしても、レベルの高い人材を輩出する「人材を育成できる企業」といったブランド価値の創出に寄与することになり、次なる成長予備人材がその企業の門をたたくことになります。
SDGsと社会的責任(CSR)への貢献
リカレント教育は、SDGs(持続可能な開発目標)の目標4「質の高い教育をみんなに」に直接関連しています。企業がリカレント教育を推進することは、従業員一人ひとりの能力開発を支援し、より公正で包摂的な社会の実現に貢献することとなります。また、企業が従業員のキャリア成長を支援する姿勢は、CSR(企業の社会的責任)の観点からも評価されるべきものです。企業の中で人材を使い捨てにするのではなく「企業内に限らず、企業外に出た場合でも社会に貢献できる人材を育成している」という社会からの認識は、企業にとっても貴重な評価をもたらします。
市場や消費者が、企業の社会的責任を重視する傾向が強まる中でリカレント教育を通じて「人材を大切にする企業」としてのブランド価値を高めることで、社会的信用や企業価値の向上も期待できるようになります。その結果、採用など人材の獲得局面だけでなく、取引をしたい企業として選ばれる、あるいは消費者から選ばれる企業になり、自社の成長に寄与します。
これからの企業におけるリカレント教育のあり方
今後の企業におけるリカレント教育として、以下の3つのポイントが重要です。
個人主導の学びを支援する仕組み作り
リカレント教育は個々のキャリア形成を支援するもので、従業員が自主的に学び直しを行える環境を整えることが重要です。例えば、オンラインコースや外部の教育機関との提携、社内でのキャリアコーチングプログラムの提供など、従業員が自らのペースで学べる選択肢を広げることが求められます。
一方で、企業内の学習だけに勤しむのは本末転倒と考えます。従業員が、自らの学びを「業務のどのようなビジネスシーンで適用、応用できるのか」をサポートする仕組みも必要です。従業員は、学びが業務と結びつくことでその成果を実感しやすくなり、より積極的に学び続ける意欲が高まり、企業としても育成投資が実業に活きてきます。
長期的な視点での人材育成戦略
リカレント教育を企業の戦略に組み込む際には、短期的な成果を求めるのではなく、長期的な視点での人材育成戦略を考える必要があります。これは、即戦力や短期的効果を求める従来の研修プログラムとは異なるアプローチです。日々の業務のスキルアップや技能の向上を主眼とした取り組みではなく、リカレント教育を通じて育てた従業員が、将来的にどのように企業に貢献するかを見据えたうえで、継続的な学びの機会を提供することが重要です。
したがって、キャリア面談などにおいて、長期的な人材としてのキャリアゴールなどのイメージを都度すり合わせしつつ、ゴールからバックキャスティングをして「いま何をすべきか」を明らかにするアプローチになります。また、必ずしも「研修」といったフォーマットにこだわることなく、従業員のキャリアゴールの実現のために必要な経験なども加えて、幅広に考えるスタンスが重要になります。その意味では、異動やローテーションによって現在の仕事や役割を変えることで育成を図っていくことも必要になります。
ツールの活用と個別性の高い学習機会の提供
現在の従業員育成手法は、従来型の「集合研修」だけではありません。時間的拘束、物理的制約に影響を受けにくい柔軟な実施方法を模索し、活用することが肝要になります。特に、デジタルツールを活用することで、従業員のニーズや学習スタイルに合わせたパーソナライズされた学びを提供することができます。例えば、AIを活用した学習管理システム(LMS)を導入し、個々の従業員の進捗や興味に基づいて最適な学習コンテンツを提供することで、個々のキャリアの実現に最も効果的に取り組める状況を作り出せます。また、各種ツールの活用で従業員が自分の学びを振り返り、改善点や不足点を確認して、次のステップを計画することが可能になります。
特に、振り返りでは自分自身で行うセルフフィードバックも有効ですが、他者や上位者からのフィードバックがより有効です。自意識だけでなく「他者から見た自分」を客観的に理解することで次の課題も明確になり、こうしたフィードバックの仕組みは、リカレント教育を企業文化として根付かせるうえでとても有効です。
まとめ
リカレント教育は、個人のキャリアと人生を豊かにするだけでなく、企業にとっても多くのメリットをもたらします。柔軟で適応力のある人材の育成、従業員のモチベーションとエンゲージメントの向上、そしてSDGsやCSRの観点からの社会的評価の向上がその主なメリットです。今後、企業はリカレント教育を単なるスキルアップの手段としてではなく、長期的な人材育成戦略の一環として捉え、従業員の持続的な成長を支援していくことが求められます。
この記事を読んだあなたにおすすめ!