「コンプライアンスを守れ」と言われても、実際に何をすればよいのか分からず戸惑っていませんか。法律違反やハラスメントが発覚すると、企業は巨額の損害賠償や信用失墜に直面します。とはいえ、従業員一人ひとりが法令集を暗記するのは現実的ではありません。
この記事では、コンプライアンスの具体的な意味を人事・労務や情報管理など身近な領域に分けて整理し、違反事例から学ぶリスクと対策を解説します。読み終える頃には、自社で今すぐ着手すべきポイントがクリアになり、組織全体で取り組むためのヒントが得られるはずです。

コンプライアンスとは具体的に何か

近年は法令順守だけでなく、ハラスメント防止や情報管理など社会規範まで含めた広義のコンプライアンスが求められています。
ここではコンプライアンスの概念の全体像をひもとき、企業が実務で押さえるべき要点を具体的に整理します。

法律遵守と企業行動規範の違い

コンプライアンスという言葉はしばしば「法律を守ること」と短く訳されますが、実際には法定基準を下回らない「法律遵守」と、企業が独自に定める倫理規程や行動指針を守る「企業行動規範」の二層構造で成り立ちます。
前者は労働基準法や個人情報保護法などに違反すれば行政処分や刑事罰の対象になる一方、後者は法的強制力を持たずとも社会的評価を左右します。
職場のドレスコードやサステナビリティ方針に背くと顧客離れや採用難に直結するため、両者を区別しつつ統合的に管理する視点が不可欠です。

ガバナンスとの関係

コーポレートガバナンスは経営を監督・けん制する仕組みであり、コンプライアンスを実効性あるものにする基盤といえます。取締役会や監査役会が経営陣の法令順守状況を点検し、内部統制部門がリスク管理プロセスを回すことで、現場の業務フローにまで指針が浸透します。
ガバナンスが弱い企業では指示系統が曖昧となり、ルールが形骸化しやすいのが現実です。独立性の高い社外取締役や内部通報制度を活用すれば、早期に不正を検知し改善サイクルを回せるため、ガバナンスとコンプライアンスは車の両輪として運用する必要があります。

コンプライアンスが注目される背景

不祥事による株価急落やSNS炎上が頻発する現在、コンプライアンスは経営課題の最上位に躍り出ました。
法改正や投資家の要求が加速するなか、未対応のままでは企業価値を大きく毀損しかねません。

社会的信頼低下のリスク

ひとたび違反が報道されると、企業は多面的な損失を被ります。行政指導や訴訟費用だけでなく、製品回収・取引停止による売上減、優秀な人材流出、株主からの賠償請求など、影響は長期にわたり連鎖します。消費者はSNSで情報を共有し、炎上拡散の速度は従来のマスメディアを上回ります。
トップが謝罪会見を開いても信頼回復には時間がかかり、ブランドイメージが再生する前に競合へ顧客が流れる例も少なくありません。こうした事態を回避するには、予防的なコンプライアンス体制と迅速な危機対応の両面が欠かせません。

ESG・サステナビリティとの接点

ESG投資の拡大により、環境・社会・ガバナンスを統合的に評価する流れが世界標準となりました。特に「S」と「G」の指標では、人権尊重や公正取引、内部統制の強さがスコアを左右します。資本市場ではこれらを数値化したサステナビリティ報告書への信頼が株価に直結するため、単に法令を守るだけでなく、透明性の高い情報開示と実効的な改善サイクルが求められます。
コンプライアンス活動をESG戦略に組み込むことで、資金調達コストの低減や海外取引先の確保など、経営メリットを高められる点は見逃せません。

具体的なコンプライアンスの領域

コンプライアンスを机上論で終わらせないためには、リスクを分野別に把握し、部署ごとの行動に落とし込むことが必要です。
ここでは企業規模を問わず共通する3つの重点領域のそれぞれの要点と実践策を具体的に解説していきます。

  • 労務・人権の保護
  • 個人情報・セキュリティ
  • 取引・競争法遵守

まずは従業員の働きやすさを担保する労務面から順にみていき、最後に取引先との関係で求められるルールを確認します。

労務・人権の保護

働き方改革関連法の施行後も労働環境が整備されていないな企業では、違法な長時間労働やハラスメントが横行し、従業員に肉体的・精神的な負担を強いるおそれがあります。通常の健康状態で業務に取り組むことができないことから生産性が低下し、結果的に企業業績にも悪影響を及ぼす可能性があります。また、SNSで内部告発が拡散することで採用ブランドを損ねます。厚生労働省のガイドラインを踏まえ、経営層が率先して職場環境の点検と意識改革を進めることが重要です。

長時間労働の是正策

残業時間が月80時間を超えると過労死ラインを超過し、企業は安全配慮義務違反を問われます。管理職を含む全従業員の労働時間をシステムで一元把握し、アラート設定を行えば、超過勤務を即時に可視化できます。
繁忙期は業務プロセスの自動化や外注活用で負荷を分散し、定期面談で本人の健康状態を確認することで、未然にメンタルヘルス不調を防げます。

ハラスメント防止体制

改正労働施策総合推進法により、大企業だけでなく中小企業にもハラスメント防止措置が義務化されました。相談窓口を社内外の二重で設置し、相談者と加害者のプライバシーを確保した丁寧な調査手順を明文化します。
管理職研修ではパワハラに該当する行為の具体例を提示し、指導とハラスメントの線引きを共有することで、組織文化としての抑止力を高められます。

個人情報・セキュリティ

個人情報保護法が2022年に改正され、漏えい時の報告義務と罰則が強化されました。クラウド活用やリモートワークの拡大で情報の持ち出しリスクが増すなか、技術的対策と運用ルールを両輪で整える必要があります。
取引先を含むサプライチェーン全体でセキュリティ水準をそろえることも欠かせません。

個人情報保護法への対応

個人データを取り扱う場合は、取得目的を特定し、利用目的外の処理を行わないことが原則です。収集前に同意画面で利用目的と第三者提供の有無を明示し、取得後はアクセス権限を最小化した形で保管します。
マイナンバーや健康情報など要配慮個人情報は暗号化と多要素認証を併用し、海外転送がある場合は十分性認定国か標準契約条項を確認しましょう。

情報漏えい事故後の対応

万が一漏えいが発生した場合には、速やかに所管官庁と本人へ報告する義務があります。被害範囲を特定するため、アクセスログを解析して原因を特定するとともに、影響を受けたデータ件数を早期に把握します。
プレスリリースでは再発防止策と補償方針を明示し、謝罪文を経営トップ名義で公表することで、ステークホルダーの信頼回復を図れます。

取引・競争法遵守

下請法や独占禁止法に違反すると、課徴金や営業停止命令が科され、取引先を巻き込む連鎖倒産のリスクも生じます。海外展開企業はFCPAなど各国の贈収賄規制にも対応が必要です。調達部門と営業部門が連携し、公正取引のルールを日常業務に組み込むことで、健全な取引関係を維持できます。

下請法と独禁法のポイント

親事業者が下請先に不当な値引きを強要する「買いたたき」や返品リスクを転嫁する行為は下請法で禁止されています。
また、競合企業間で価格や販売数量を取り決めるカルテルは独禁法違反となり、課徴金減免制度によって内部告発が促進されています。取引基本契約書への諸条件明示と定期監査を通じて、法令適合性を担保することが肝要です。

贈収賄・カルテルの防止

贈収賄規制は国内外を問わず厳格化しており、海外公共機関への接待や謝礼は重大なリスクを伴います。リベートや販促費の処理基準を経理規程に明示し、一定金額以上の支出は経営陣の事前承認を必須とする仕組みを設けましょう。海外子会社向けには現地語での贈収賄防止ポリシーを配布し、年1回のeラーニングテストで理解度を測定することが推奨されます。

コンプライアンス違反の具体事例

実際に起きた違反事例を把握すると、自社の弱点や対策の優先度を具体的に検討できます。
ここでは労務管理・情報管理・海外取引の3つの分野で社会的影響が大きかったケースを取り上げ、再発防止への学びを解説します。

労働基準法違反での送検例

IT企業A社は長時間労働を恒常化させ、月100時間超の時間外労働を黙認していました。従業員が過労死し労災認定を受けたことで、経営陣は労働基準法第32条違反で書類送検され、社名公表とともに社会的非難を浴びました。
行政処分だけでなく、株価下落と取引先の契約打ち切りにより数十億円規模の損失が発生。勤務間インターバル導入や労務監査を怠った結果、企業価値が大きく毀損した典型例です。

個人情報漏えいによる損害

小売業B社は顧客管理システムへの不正アクセスで300万件の個人データが流出しました。個人情報保護委員会への報告とともに被害者への損害賠償・通知コストが膨らみ、総額は約50億円になりました。
原因は旧式システムの脆弱性放置と多要素認証未実装でした。情報管理の軽視は一夜にして信頼を失うリスクを示すとともに、技術的対策と従業員教育の両面強化が不可欠であることを物語っています。

海外贈賄での巨額罰金

製造業C社は新興国の公共事業を受注するため、現地公務員にリベートを支払った疑いで米国FCPA違反が発覚し、米司法省と証券取引委員会から合計7億USD超の罰金を科されました。
海外子会社が独自に動いたケースでしたが、本社の内部統制不備が問われています。国境を越えた贈収賄規制の厳格化は、グローバル展開企業に統一的なコンプライアンス体制が求められることを強く示しています。

コンプライアンスを守るメリット

コンプライアンスは「違反しないための保険」と誤解されがちですが、実際には経営を前進させる多面的な効果をもたらします。
コンプライアンスを守る主なメリットとしては以下があげられます。

  • 企業価値の向上と投資家評価
  • 優秀人材の確保と定着
  • 業務効率とコスト削減

それぞれのメリットを順番に解説していきます。

企業価値の向上と投資家評価

グローバル投資家はESG要素を重視し、特にガバナンス強化や法令順守の実績を評価します。違反のない企業は信用リスクが低く見積もられるため、社債の利率や借入金利が有利になる場合があります。
過去の調査によると、DJSIやMSCIの評価において、内部統制のスコア上位企業の株価リターンは市場平均を上回る傾向が報告されています。信用格付けの改善により長期ファンドからの資金流入も期待でき、持続的な成長の土台を強化できます。

優秀人材の確保と定着

ハラスメントや長時間労働のない職場は、候補者にとって魅力的な選択肢となります。リクルートの調査では、勤務先を選ぶ際に4割以上の求職者が「コンプライアンスに積極的な企業」を重視すると回答しています。
加えてENSP(従業員推奨度)が高まると離職率が10〜15%低下する傾向があり、採用コスト削減とノウハウ流出防止の両面で効果が表れます。従業員が安心して意見を言える文化はイノベーション創出にも寄与し、企業競争力を高めます。

業務効率とコスト削減

内部統制を整備する過程で業務フローが標準化・可視化され、属人的な手順や重複作業が削減されます。たとえば契約書レビューをワークフローシステムに統合した企業では、承認リードタイムが平均35%短縮し、年間数千万円規模の人件費削減に成功した事例があります。
また、法令違反が引き起こす訴訟費用や行政罰を回避できるため、潜在的な損失リスクを大幅に抑制できます。結果として経営資源を本業の成長投資に振り向ける余裕が生まれます。

企業が取るべきコンプライアンス体制

違反を防ぎ継続的に改善するには、組織全体で回る仕組みが欠かせません。
下記の主な3つポイントを解説します。

  • 社内規程と教育の整備
  • ホットライン・内部通報の運用
  • リスク評価と監査のサイクル

それぞれ順番に解説していきます。

社内規程と教育の整備

就業規則や情報管理規程などを最新版の法改正に合わせて更新し、全従業員に分かりやすい言葉で周知することが第一歩です。更新内容はイントラやeラーニングで配信し、理解度テストを年1回実施することで定着率を測定します。
経営層が動画メッセージで重要性を発信すると、現場の当事者意識が高まります。規程の実効性を担保するには、部門別のケーススタディ研修で具体的な判断基準を示し、疑問を即時解消できるQ&A窓口を設けると効果的です。

ホットライン・内部通報の運用

早期発見の要となるホットラインは、社内窓口と外部第三者窓口の併設が望まれます。匿名受付を可能にし、報復禁止方針を明文化して告発者を守る体制を示すことが信頼につながります。
受付後の調査フローでは、受付・調査・是正・再発防止までのステータスをシステムで一貫管理し、経営層が月次で対応状況をレビューすることで迅速性を確保できます。対応事例を要約して社内共有すれば抑止力が高まり、組織学習にもつながります。

リスク評価と監査のサイクル

年次リスクアセスメントで事業プロセスごとの法的・倫理的リスクを棚卸しし、重大度と発生頻度を基に優先順位を設定します。内部監査部門は評価結果に応じて監査計画を策定し、現場ヒアリングと書類確認を通じて実効性を検証します。
是正措置後はフォローアップ監査で定着状況を確認し、経営会議に進捗を報告することでPDCAが回ります。データ分析やGRCツールを活用すれば監査負荷を抑えつつ、リスク傾向を可視化できます。

コンプライアンス推進KPIと評価方法

コンプライアンス施策を形骸化させず成果に結び付けるには、達成度を数値で捉え、改善サイクルを高速で回す仕組みが不可欠です。
ここでは現場が計測しやすく、経営層へ報告しやすい主要KPIを整理し、評価プロセスと活用のポイントを具体的に解説していきます。

  • 内部通報受付件数の推移
  • 教育受講率と理解度試験結果
  • 外部監査指摘件数の削減率

これらの指標は単に数を追うのではなく、発生要因と改善策を紐付けて分析することで初めて意味を持ちます。以下で測定方法と活用のコツを詳しく解説していきます。

内部通報受付件数の推移

内部通報は「多いほど問題が多い」と誤解されがちですが、制度導入直後はむしろ件数が増えるのが正常です。
重要なのは件数のトレンドと解決速度です。設置後6ヶ月を目安に横ばいへ移行し、平均処理日数が30日以内へ短縮していれば、相談しやすい環境が整った証拠と言えるでしょう。ダッシュボードで月次件数と処理ステータスを一元管理し、経営会議で改善策と併せて共有すると、迅速な意思決定につながります。

教育受講率と理解度試験結果

eラーニングや集合研修は実施するだけでは効果が見えません。全従業員を母数とした受講率99%以上、確認テスト平均正答率80%以上をベンチマークに設定し、未達部門にはリマインドを自動送信する仕組みを導入しましょう。理解度テストは選択式に加え、ケーススタディ形式で「適切/不適切」を判断させると実務への転用率が高まります。結果データをクロス集計し、役職・部門別の弱点を可視化すれば、次回研修テーマの選定精度も向上します。

外部監査指摘件数の削減率

第三者監査は自社のバイアスを排除できる客観的評価手段です。初年度に指摘を10件受けた場合、翌年度に7件以下へ減少していれば是正対策が機能していると判断できるでしょう。
指摘の重大度をA〜Cで分類し、Aランク(重大違反)をゼロに抑えることを最優先の目標に設定するとメリハリが生まれます。改善計画の進捗は四半期ごとにレビューし、未達成項目には担当役員がフォローアップミーティングを実施すると、現場の実行力が高まります。

まとめ

コンプライアンスは「法令を守る」だけにとどまらず、企業行動規範や社会的責任まで含む広範な概念です。労務管理・情報管理・取引慣行の各領域をバランス良く強化し、社内規程と教育、ホットライン、リスク監査の3つを軸に体制を構築すれば、不祥事を未然に防ぎ信頼性を高めることができるでしょう。
背景にあるESG要請やグローバル規制の強化を踏まえ、経営層が主体的に取り組む姿勢を示すことが長期的な企業価値向上につながるといえます。

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