副業や兼業を上手く活用することは、労働者に限らず企業にとっても大きなメリットがあります。これを受けて政府主導で副業を促進するという方針のもと策定され、平成30年1月に厚生労働省より発表されたのが「副業・兼業の促進に関するガイドライン」です。当記事ではこのガイドラインの内容や、モデル就業規則などについて解説しています。
「副業・兼業の促進に関するガイドライン」とは
「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の策定に大きく関わってくるのが働き方改革です。これは長時間労働の是正や多様かつ柔軟な働き方の実現を目標とし、労働生産性や労働参加率の向上や一億総活躍社会の実現を目指す改革です。
政府は平成29年3月に「働き方改革実行計画」を策定・公表しました。これによりワーク・ライフ・バランスの確保や健康的で柔軟な働き方、さらには生活様式やライフステージの変化に応じた多様な仕事の選択肢を提供するために、いくつかの実効的な政策手段を講じました。例えば、ガイドラインの制定やテレワークの普及、副業・兼業の推進などがこれに当たります。
厚生労働省では平成29年10月から柔軟な働き方に関する検討会を開催しており、副業・兼業の促進について議論を重ねてきました。この議論を踏まえて策定・発表されたのが「副業・兼業の促進に関するガイドライン」です。
副業と兼業の違いとは
「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では副業と兼業は同列に扱われていますが、そもそもこれらの違いとは何なのでしょうか。結論から言えば、副業と兼業は公的には特に明確に区別される場面はありません。収入を得るために携わる本業以外の仕事全般を副業、あるいは兼業と呼ぶのが一般的です。但し言葉のニュアンスは若干違い、副業は本職とは異なる追加の仕事を行うことで、兼業は複数の本職を同時に行うことという意味で捉えられることが多いです。
副業は本職とは異なる分野や業種での仕事を行うことが一般的です。例えば会社員が週末にアルバイトをする場合や、専業主婦が家事の合間にネットショップを運営する場合は副業と呼びます。副業は収入の追加や趣味やスキルの活用、キャリアの幅拡大などを目的として行われることが多いです。
一方で兼業は同時に複数の本職を持ち、それらの仕事を並行して行うことが特徴です。例えば医師が複数の病院で働く場合や、フリーランスのクリエイターが複数のクライアントと契約して仕事をしている場合などが挙げられます。兼業は収入の多様化やリスクの分散、スキルや経験の幅広い活用などを目的として行われることが多いです。
ガイドライン上における副業・兼業の取り扱い
ここからは厚生労働省が策定した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の具体的な内容について解説していきます。副業・兼業に関しては各種判例などによると、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であるという原則が述べられています。労務提供上の支障がある場合や企業秘密の漏洩、企業の名誉・信用を損なう行為や信頼関係の破壊、競業によって企業の利益を害する場合など一定の場合に限っては企業が制限することも認められています。ただ、企業が「一律禁止」としている場合には検討が必要であることが明記されています。
また、厚生労働省は「モデル就業規則」という就業規則のひな型を提供しています。以前は副業・兼業は原則禁止とされていたため勤務先にバレないように副業をしている方もいましたが、現在は原則として認めるように改正して提供されています。モデル就業規則の例では以下のように記載されています。
(副業・兼業)
第70条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。
① 労務提供上の支障がある場合
② 企業秘密が漏洩する場合
③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④ 競業により、企業の利益を害する場合
厚生労働省|モデル就業規則(R4.11版)より
https://www.mhlw.go.jp/content/001018385.pdf
労働者と企業のメリットと留意点
「副業・兼業の促進に関するガイドライン」には労働者・企業それぞれのメリットとデメリットが記載されています。労働者側のメリットとしては所得の増加の他、自身のキャリアアップや自己実現の追求、リスクを抑えて起業や転職に備えることができる点が述べられています。一方で就業時間が長くなる可能性が懸念されており、労働者による自己管理がある程度必要であるとされています。また、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を意識することの必要性も指摘されています。複数社で短時間ずつ働く場合、労働時間が合算されずに雇用保険等の適用がない場合があることも留意点として記載されています。
企業側のメリットとしては労働者の自主性を促し、社内では得られない知識やスキルを獲得する機会を与えられる点が挙げられています。また、優秀な人材の確保、人脈や事業機会の拡大にもつながると述べられています。留意点としては労働者の就業時間や健康の管理や、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務の確保の問題が指摘されています。
企業は副業・兼業に伴う労務管理を適切に行うため、届出制など副業・兼業の有無や内容を確認するための仕組みを設けておくことが望ましいと記載されています。
時間外労働の割増賃金の取り扱い
副業・兼業を認めるに当たって留意しておくべき点の一つが時間外労働の割増賃金の取り扱いです。現行の労働基準法では異なる会社でも労働時間は通算されると規定されています。そのため労働時間を通算した結果、1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて労働させた場合、時間外労働に対して割増賃金を支払わなければなりません。これは実際に法定労働時間を超えた労務提供先に割増賃金の支払い義務が発生します。
例えば自社で雇用している労働者がA社で8時間働いた後にB社で2時間働いた場合、B社では2時間しか働かせていないのにも関わらず、B社は2時間分の割増賃金を支払わなければなりません。逆にB社で働いた後にA社に出勤した場合、A社に割増賃金の支払い義務が生じます。そのため、労働者が副業先でいつどれだけ働いているかを把握しなければ、自社で適切な給与計算ができなくなります。
保険に関する留意点
労災保険に関して、以前は災害が発生した就業先の賃金分のみに基づいて算定されていたため、補償額が非常に少額となるケースも存在しました。しかし、現在は法改正により、非災害発生事業場で働く労働者の給料も合算されて労災保険の給付金額が計算されることになりました。また、複数の職場で働く労働者の負担も総合的に評価して労災認定を行います。労働者が自社と副業・兼業先の両方で雇用されている場合、片方の職場からもう一方の職場に移動中に災害が起こった場合、通勤災害として労災保険の給付金の対象になります。
副業・兼業においては雇用保険に関しても注意が必要です。同一事業者の下で1週間の所定労働時間が20時間未満かつ、継続して31日以上雇用されることが見込まれない者については被保険者とはなりません。特に短時間ずつ複数の職場で労働することを検討している方は、適用除外となる可能性があるため留意すべき点です。但し、65歳以上の労働者の場合は労働時間を合算して適用する制度が試験的に導入されています。
厚生年金保険と健康保険といった社会保険は事業所ごとに適用条件を判断します。複数の雇用先で働く労働者がどの事業所でも適用条件を満たさない場合は、労働時間を合算しても適用されません。逆に複数の事業所で適用条件を満たしている場合は、いずれか一つの事業所の年金事務所や医療保険者を選び、各事業所での報酬月額を合算して標準報酬額を計算し、保険料を算定します。各事業主は被保険者に支払う報酬の額に応じて、選んだ年金事務所に保険料を納付します。
副業・兼業を活用しやすい社会へ
副業・兼業は上手に活用すれば企業・労働者双方にメリットがあります。その際のリスクを最小限に抑えるべく厚生労働省により策定されたのが「副業・兼業促進ガイドライン」です。これから自社の社員に副業や兼業を認めることを検討しているなら確認しておくべきでしょう。また、ガイドラインやモデル就業規則は法改正等に合わせて随時改定されているので、定期的に目を通すことをおすすめします。
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